ツッコミどころ満載・道の風景その3~この先どうなるの?
「ちゃっぷいねぇ、ほんっとうに ちゃっぷいねぇ」
と保育園児があいさつを交わす寒い朝、
いかがお過ごしでしょうか?
三たび、道の風景でございます。
今回は"完成できない"道の話です。
未成道ではありません。出来上がってます。
さらに先なんです
さてこの案内標識(青看・・・て言いますよね?)
直進が書いてありませんが、まあときおり見かけるパターンです。
まだ道が出来てないとかつながってないとか・・・
基本片道1車線・対面通行のこの道は柴又街道(都道307号線)です。
で、この道をまっすぐ行ってみると
途中から片道2車線とれるくらいの道幅に広がります。
でも1車線のまま。
そして突き当りで丁字路になってしまいます。
道幅は広がったまま、それも封鎖したままでです。
右折ラインを作るのかとも思いましたが
この区間200mくらいあるのでそれも違う感じです。
奥の木の向こう側からこっちを見るとこんな感じ。
広くて交通量は少ないです。
んじゃ橋でも架けて向こうへ渡るのか?
正解!
川向こうは千葉県市川市の行徳です。
橋でつながれば東京湾岸道・千鳥町まで行けるようになり
柴又街道の北端、金町で水戸街道ともつながることになります。
先ほどの幅員が広い区間は
橋が架かったとき 側道を設けるための準備だったのです。
でも橋が架かりそうな雰囲気が感じられませんね
実はこの計画は頓挫しているのです。
ここに架かる橋は「押切橋」と仮の名が付き、
1960年代半ば過ぎには道路計画されていました。
けれど行徳側も江戸川区側も川のすぐ近くまで古くからの住宅密集地で、
江戸川区側でさえ先ほどの丁字路まで開通したのが
2014年と、ほんの数年前。
区画整理等で家屋が多く立ち退きを余儀なくされましたが
交通の便を考えての協力でした。
しかし行徳側は・・・
押切橋の向こう 旧行徳街道までの100mにも満たない区間は
水門やポンプ場などもあってか手付かず。
先ほどの川の写真で 真ん中に写っていた水門(押切水門)を
向こう側へまわって撮ったのがこちら。
すぐ脇には水神宮があり、
この辺りは荷物を運ぶための河岸が江戸時代に設置され、
昭和初期まで存在していた旧跡(行徳河岸)でもあります。
そんなもろもろが 道路や橋を作らせなかったのでしょうか・・・
行徳側にあった江戸時代からの和菓子の老舗は、
道路拡張のために一度立ち退きましたがまた戻って来ていて、
新しい建物を見ると、ここに道路が出来るとは思えない様相です。
しかしながら旧江戸川の京葉道路と今井橋の間5km以上
車が通れる橋が無いというのも不便だし、
浦安橋も含めて都県境の渋滞が激しいのも何とかしてほしいので、
なやましいところです。
なにより徒歩や自転車で市川側と江戸川区側を
行き来しづらいのは長年のネックです。
東京外環自動車道が出来て、少しはそちらに車が流れるかもですが、
しばらくはさらに様子見でしょうか。
拡げた道はどうなるのでしょう?
50年経っても完成できない道の 行く末が気になります。
壮大すぎて長文になってしまった・・・
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。