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見上げればバナナムーン

ちんすけの音楽とよもやま話のブログ♪

これ珍しい!? 高さ制限のある小径

ヘンな道標識やらをときどき紹介しています。
 
 
この日住宅街の道で出会ったのは"制限高2.2m"の標識と制限バー
 
高さ制限予告のパターンですが 目立つのが注意表示
 
樹木張出 注意!
 
 
じゅもくはりだし ちゅうい!??
 
じゅもく?? はりだし???
 
そう読まないのだったらごめんなさい
こりゃ見たことなかった~~emoji
 
樹木が邪魔になって道が狭いなどはあるでしょうけど、
2.2m以下しか通れないというのは珍しい。
だいいち低すぎます。
 
 
当然通ってみます。
反対側に行くまでもなく(見えてますからね)
たしかに大きな木が道路側にしっかり覆いかぶさってますね。
 
反対側です
おんなじように制限標識とバーのコンビで・・・
樹木は巨大というわけではなく、
古そうだけど史跡とか江戸川区指定の保護樹木でもないようです。
なにしろ私有地に立ってるのか歩道側なのか微妙
まあ公道側だからこそ正式な標識が立ってるのでしょうね。
 
管理は区ですかね?
さっきの注意看板には江戸川区のマークがついてたから・・・
 
どれくらい前からこの状態なのか知りませんので
何とも申し上げられません。
 
 
乗用車は大丈夫でしょうけどワゴン車とかミニバンもヤバいかな?
知ってる人しかクルマで通らないでしょうけど
れっきとした公道ですからね
 
クレーン車にはリンボーダンスでくぐってもらいましょう
(↑本気で言ってないだろemoji )
 
 
くだらないいつもの〆で・・・

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うっちん"掃除"出荷作業2回目

11月に続いて沖縄へ
カミさんの両親の農作業の手伝いで行きました。
うっちん(ウコン)の出荷前作業です。
 
去年の様子はこちら↓
 
ちょっと"掃除"に出かけていました(2019/11/24)
 
 
こちらがうっちんの圃場
場所は国頭郡大宜味村(くにがみぐんおおぎみそん)です。
去年は雨がちだったけど今回は天気も良く
気温も20度以上あって風が心地イイ!
菜の花の周りをモンシロチョウやクロアゲハが舞っていました。
 
国道58号線脇の畑で、国道のすぐ向こうは海。
遠くに恋の島として有名な観光スポット"古宇利島"が臨めるところです。
オーシャンタワーや屋我地島へ延びる古宇利大橋までもよく見えます。
 
観光で来たわけではないので 作業作業emoji
義父(じぃじ)はせっせとうっちんを掘り起こしていきます。
掘り起こしたうっちんは乾燥したほうがよいので、しばらく畑に放っておきます。
 
それを集めてきたらワタシらの作業です。
 
沖縄の冬は天候が不順なので天気の良いときに作業はどんどん進めたいのですが、
去年夏に義母が足を骨折、義父は年末軽いながらも脳梗塞に見舞われ
数日前に退院してきたばかり。
それでも畑に出るじぃじに頭が下がります。
タイミングよく来沖したワタシらは頑張らなくてはいけません。
 
そうなんです。カミさんと娘も手伝いに入れたので
祖母、母、娘、3世代そろい踏み!
作業はかなりはかどりました。
 
ポーズとってますけどちゃんとやってるのですよ。
うっちんは種芋(?)の親に増殖する作物なので まずは親と子を切り分け、
根(ヒゲ)をきれいにカットし土や汚れも落として
子のほうだけ出荷袋に入れます。
1袋10キロ単位なのですが、
このあと乾燥したりさらにもう一段階掃除して減るので
11キロほど入れてゆきます。
50袋1単位(500kg)で出荷可能なのだそうです。
今年は1トン出せそうだと言ってました。去年は500キロだったとのこと。
でも昔の最盛期は5、6トン出してたそうなので減ってるのは確かです。
 
 
この作業を2日間。
東京との往復、那覇とやんばるとの移動もあるので足掛け4日間の旅程でした。
 
 
那覇市の実家の最寄り駅を使ってみました。
2019年10月1日に延伸した"ゆいレール"のこちらは経塚駅です。
行政区分としては浦添市ですね。
 
2両編成なので近年めちゃ混みです。
旅行者も多いためスーツケースなどの荷物に場所を取られるのも理由です。
那覇市内や周辺地域の道路の渋滞も半端じゃなくなっていて
ちゃんとした整備が待たれるところです。
 
 
猫の手emojiよりも怪しいワタシらですが少しは役に立ったでしょうか。
次行くのはいつかな・・・
夏かな冬かなemoji

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縦横無尽すぎる11叉路~菅原橋交差点

江戸川区内に、
車で走ってみると すぅーーっと通れないというか
左右をガン見して迷ってしまうというか
何となく不安を覚えながら走り抜けるという交差点があります。
 
それが「菅原橋」交差点
多叉路(多差路)です。
それも11叉路!
11本の道が交錯しているんです。
 
そこはかとなくカオスな雰囲気が感じられます。
 
信号機もどこを向いてるか なんか怪しいし
交差点名も一つじゃない・・・
 
※国土地理院の地図を加工
 
ざっくり言って 日本で一番の多叉路ではなかろうか?
と言われているようです。
 
 
場所は JR総武線・新小岩駅から東へ 直線距離でおよそ1.5km
 
①━⑦千葉街道(国道14号)
④━⑩鹿骨(ししぼね)街道
⑤━⑪仲井堀(なかいぼり)通り
⑥  同潤会(どうじゅんかい)通り
②  旧上八幡道
③  小路
⑧,⑨  小松川境川(現親水公園)両岸の道
 
もともとは千葉街道だけだったところに鹿骨街道が作られました。
その後住宅道路を通したり小路を接続したり
川や水路だったところが整備され道になったりして
現在の形になりました。
 
③⑧⑨は歩行者と自転車しか通れないので
八叉路と言われればそうかもしれませんが、道は道です。
 
全11道並べてみました。
 
車が通れる道のうち仲井堀通り
交差点からの一方通行のみ。
は交差点へは左折しかできないようになっていて
信号は赤または一時停止の赤点滅(青にならない)になっています。
つまりは仲井堀通りの相互通行ができないということになります。
安全のための“苦肉”の工夫なのでしょうね。
 
交差点には交番もあるし、事故は少ないといいます。
でも道案内の説明にはこの通りは入れたくないですねemoji
 
 
あらためて交差点を一望emoji
やっぱヤバいでしょ ココ!
 
みなさま安全運転を心がけましょうemoji

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ちん散歩~備忘録としての東西南北!?

天候と時間が許せばウォーキングをしています。
カラダを悪くして復帰してから足掛け3年、一日1万2~5千歩ほど
このブログにも時々書き連ねてお茶を濁しておりますemoji
 
歩きやすい道を選んでいますが ルートはその日の気まぐれなので
歩いた道路、遊歩道、公園は無数にあります
 
 
ある時「どこを歩いたか記録しておこう」と思い立ち
大きな地図をこしらえてルートを書き込むようにしました。
B型なのにまめで歩く頻度までわかるように書いてます。
 
歩く範囲は主に江戸川区内ですが少しずつ広がってきて、
むかし行徳散歩を書いたように
(→海からの風~ぐるっと旧江戸川~ちん散歩
市川市行徳浦安市にまで足を延ばすようになりました。
 
 
で、本題ですが
歩く範囲の東西南北が気になるようになったんですよ。
最東端、最西端、最北端はどこ? 南は? てな具合に。
そんなこともあってこの12月に最東端最西端の記録が伸び、
先月は最北端最南端が新たに更新されました。

ジャジャ~~~ン!(子どもか!)
 
※矢印の先っぽがその地点です
 
大通りなどをまっすぐ目指せばもっと遠くまで行けますが、
そういうふうには歩いてないので こんな感じ。
 
①北端
 江戸川区立小岩第一中学校 北東角(江戸川区東小岩3丁目)
 
②東端
 妙典公園東側 スーパー堤防遊歩道(市川市妙典6丁目)
 
③南端
 浦安橋東詰 北側側道出口(浦安市当代島1丁目)
 
④西端
 新川西水門広場 水門跡・火の見櫓前(江戸川区船堀2丁目)
 
バイアグラじゃありません ヒノミヤグラですよemoji
昨日行ったばかりですemoji
土日・祝日などは公開されて上まで登れるそうです。
これを撮った背中側すぐに水門跡がそびえており、
思わず撮り忘れましたが ツタに覆われた姿で残っています。
 
火の見櫓は、
江戸川区随一の桜の名所・新川千本桜の起点的ランドマークのようです。
新川は江戸と行徳を結ぶ「塩の道」として家康の時代に開削されました。
 
新川側からはこんな感じ
櫓の右隣に水門が写ってますねemoji
 
 
いかがでしたか?
ウォーキングの“端っこ”の話なんかどうでもいいことですけどね。
ワタクシの備忘録として新川火の見櫓とともにご紹介しました。
 
実はもう一つネタを考えていますが それはまた後日
踏破したあとで・・・・

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ちょっと“掃除に”出かけていました

これ、なんだかわかりますか?
これはウコン
沖縄では“うっちん”といいます。
畑から掘り起こして少し日がたったうっちんなんです。
 
左のほうの根っこのヒゲがついてるのを
右のようにヒゲ取りして出荷できる状態にします。
この“掃除”の手伝いに沖縄の“やんばる”に出かけてきました
 
左が義父で右が義妹のダンナ。
やんばるに住んで畑仕事をしているのは義理の両親だけで
あとの家族は実家のある那覇市内住まい。
義父母は畑を何か所か持っていて
うっちんとタンカン(沖縄のミカン)を出荷しています。
あとはマンゴーとかもろもろの野菜は自家用ですね。
 
義母が夏に足を骨折して このような簡単な仕事もできづらくなったので
子ども世代が応援に行ってるのです。
急ぐわけではないそうですが時間がかかる作業ですからね
週末などには義兄や叔父たちも駆けつけるようです。
 
今回は雨が降ったり いろいろ“事件”があったりで
数時間しか作業がやれませんでした。
でも夜は義父母ともども那覇の本宅に戻って
11月が誕生日の二人のお祝いをみんなでやりました。
 
まあそんなわけでもう一回 年明けてから来沖します
次はもちっとまともに働かせていただきますゆえ・・・・
 
 
追記・・・
ゆいレール(モノレール)が延伸して
本宅の前を通るようになって風景が激変しました!
 
首里城は通りがかりの龍潭(りゅうたん)わきの道から眺めましたが
あるはずのものがない!!
返す返すも焼失は残念です。

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